【体験】不登校を克服した中学時代/我が子と私のしてきたこと

   

頑張って新年度を迎え、ゴールデンウイークも過ぎ、そろそろ疲れが出始める6月になりました。

私の4人の子ども達は、4人とも違う理由で不登校という厄介なもので立ち止まる時間がありました。

「学校に行きたくない・・」

そういわれた時、あなたはどうしますか?

 

今回お話しするのは、中学時代の不登校期間、1年9か月。

それを克服し、毎日高校へ通えるようになった次女と、その時私がしてきたことをお話ししようと思います。

 

妬みがいじめのもとに。

 

まずは、なぜ不登校になったのか!ということ。

まだ入学したて。

ピカピカのセーラー服が夏服に変わったころのこと。

ほどほど長かった髪を、プールが始まるからという理由で本人も同意のもと、私がカットしてあげました。

私は美容師の免許は取れなかったのですが、美容師のアシスタントを3年ほどしていたので、子どもたちのカットは今もずっとしています。

その当時人気のあったアイドルがちょうど長い髪からショートにカットした時と違わないタイミングでした。

中学生が使うブログ、アメブロだったと思います。

誰かのブログ上に次女が髪を切ったことが、そのアイドルのまねだという書き込みがあったようです。

本人はそれを知らなかったのに、「こんなことが書かれていたよ」とわざわざ教えてくれた次女の友人がいて(これを友人と言えるのか疑問ですが)そのことが軽く炎上している風景を見てしまったのでその時から、周りに不信感を覚えるようになっていきました。

 

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表のボスと裏のボスの存在

 

小学校の時からその根っこはありました。

あからさまにいじめを操る表のボスと、いい子をしながら裏でそのいじめに乗っかるボスと。

ターゲットを決めていじめる・・そして、ターゲットにされる日がきた。

階段から突き落とされそうになる。

消しゴムが飛んでくる。

わざと足を踏みに来て、「ごめ~ん、居たんだ」って。

「お前なんて生きる価値ない」って走り書きしたノートの切れ端が机の中にあったり。

そんなありえないことがあっても、正義感の強い彼女は小学校には行き通したのでした。

 

中学校に期待をして入学したのに、リアル以上にネットの影でけむりのようなウソが頻発。

思春期の子ども達というのはとても不安定な自分軸でいる、そしてネット上をはけ口にしてターゲットを追い詰める。

 

自分を傷つけようとし始めてしまったことで、無理に登校することをやめました。

次女は買いたての、ピカピカのセーラー服を切り刻んでいました。

 

 

スクールカウンセラーの先生の導き方

 

そんなことがあっても、学校を責めるとか、いじめた子を責めるとか、そういう気持ちにはならなかったのは、私が学校に勤めていたということがあったからかもしれません。

困っていた私を同僚の先生方も理解してくれていましたから、ここでは安心して過ごせました。

 

まぁ、これから日数が過ぎていくことで環境が変化していくことはわかっていたし、長女がその前に非行に走って世間さまに迷惑をかけていたので、誰かを責めることはやめようと。

ただ、私自身が選んだ「離婚」という生き方に子どもたちを巻き込んでしまった責任の重さも感じていたので、まず私が変わらなければと、うすうす感じていたところでもありました。

変わろうとする私の気持ちを察していたのかもしれない。

中学校に月2回来てくれるスクールカウンセラーの先生と面談の予定をつけ、毎月状況を長々話し、私が試したことについて先生から、子どもの気持ちになった時にそれは有効か、というようなお話ししてくださいました。

 

先に答えは出さない。

私が考えて行動してみて、次女自身がどういうことを言ったのか、どういう行動をとったのか状況から、それがどんな心理でそうしているのか丁寧に解説してくれたあと、やっと「今度はこうしてみよう」と提案されるという流れ。

1か月それを肝に命じて格闘します。

そんな導き方が、私にはとても合っていたと今は確信しています。

 

「次女のことをどうにかしよう」というよりは、お母さんである私の考え方をまず変えることから始めましょうということだったのだと思います。

 

「子どもは何にも悪くないのですから。」

 

マイナス思考で凝り固まった脳みそでは、何も変わらないんです。

 

ま、でも「変える」というよりは、今のどうにもならない現状を見つめるのではなくて、ちょっと先の将来のことを考える時間を設定してくれました。

 

5年後、10年後、どんな風になっていたいか、「夢を思い描いてみよう」ということを、一緒にしてくれました。

不思議なもので、そんな状況でも夢は描けるんですね。

失恋してもお腹は空くことと似てるかしら(笑)

 

 

お家の中で生活を楽しむには。

 

次女は自分の身におこった出来事によって、生きるエネルギーを消耗してしまったために学校へ行けなくなってしまったようです。

学校に行くということ、集団生活をするということは思っている以上に気をいっぱい使っているということ。

友達から自分に向けられている矢印を必要以上に感じ、消耗し続けてきていたようです。

 

「何の問題もなくいたころをゼロとして、今の自分のストレスレベルはいくつになるか。」

これをなにかやる前にいつも聞きました。

だいたい100を超えていました。

 

そういう時には、美味しい食事と清潔な寝床を必ず確保しました。

 

そういう生活が1年近く続きました。

正確には、中学1年の夏前から2年になるまで。

でも苦痛ではありませんでした。

「生きることを選んでくれたから」

カウンセラーの先生の導き通り、トライ&エラーの繰り返しでしたが徐々に改善していきました。

 

 

子育てだけに向き合わない。母の夢を実現するよう行動する。

 

きっとこのまま、うちに引きこもって働くことさえままならないかもしれないと思ったことはあります、一瞬だけ。

カウンセラーの先生に

「お母さんの夢を頭の中で映像として描いてください。」

と言われた時に、私が何を思い描いたのか。

それは、私を柱にした家族の団らんの風景でした。4人も子どもがいるから、それぞれがパートナーを連れてきて結婚して私にとっては孫ができて、リビングが人間だらけな感じ(笑)

それは、私が自立している姿ではないかと思うようになりました。

運よく、在宅でWebデザインを学ぶ機会をいただいたので、その技術を教えて家に居てもできる仕事を見つけてくればいいと思うことができました。

クラウドソーシングを利用すれば、尚更現実味のある話になります。

この子の人生を背負う覚悟はできた!

そう覚悟が決まると、子どもたちの私を見る目も変わり始めていました。

 

 

家事をこなす次女に助けられた毎日

 

もちろんここで暮らしているのは次女だけではなく妹弟もいたので、てんやわんやしてました。

長女は相変わらず家出少女でしたけど(;´∀`)

※居場所がわかっている時は、そこの家と常に連絡をとります。

この年代はお互いさまなところがあるので。放置はしないことです。

 

覚悟が決まった母さんは、Webデザインの勉強が深夜になることはざらで、もちろん学校に勤めながらだったので家事がどうしてもおろそかになるのです。

 

だから思い切って自宅を護ってくれている次女にお願いしてみました。

「お洗濯干しておいてくれると助かるんだけど、できる?」

そうすると、いいよという回答(*´▽`*)

 

いっぺんにお願いせずに、少しずつお願いを増やしていきました。

 

妹弟たちにお願いしたのは、洗濯を受け取る時にお姉ちゃんに「ありがとう」と言ってね、ということ。

必ずそれを実行してくれたおかげで、次女は生活力がついただけではなく、間違いなく人として役にたてるという喜びも得たのでした。

 

 

喜びで満たされたら一歩を踏み出せる

 

掃除・洗濯・料理がひと通りできるようになった次女はもう中学2年の終わりを迎えようとしていました。

中学2年の1年間、そうやって過ごしてきました。

これから中学3年になるという始業式に、

「学校に行く」と言って私も一緒に登校しました。

 

その朝、

「この道を帰るときの景色は、きっと見たこともない景色に見えるはずだね。」

と、二人で緊張しながら通学路を歩いていきました。

 

迎えてくれた満開の桜。

そして、中学3年になった同級生たちは、2年前の彼らではありませんでした。

彼らも思春期真っ只中で、自分が傷つかないようにするためにそうするしか方法が見つけられなかったのだと思います、いろんな事情があるでしょうから。

とてもあたたかく迎え入れてくれて、最初のうちは、毎日2時間ほどの登校をがんばって続けてました。

友達の前でどう笑っていいか、その笑い方も忘れていた次女です。

みんなの優しい対応と次女の努力で、できることがどんどん増えてきました。

 

修学旅行の写真や体育祭、合唱祭。どれも楽しそうな表情を残してくれました。

 

出席日数が足りないため、高校受験は選べるような状況ではありませんでした。

しかし、なんとか次女の希望する高校へ合格し、晴れて卒業式を迎えることができました。

担任の先生と、カウンセラーの先生と常に連携をとって、誰が一番苦しんでいるかを確かめながら前に進んできました。

 

卒業式の日

「夢のようです。」

と先生共々涙した日は忘れられません。

私も大成長させていただいた1年9か月でした。

 

それからの次女は、時間を取り戻したい!と言って頑張る毎日。

5分で登校できる中学にはなかなか行けなかったのに、自転車とJRを乗り継いで1時間ちょっとかかる登校でも休まず通っています。

 

 

そんな日々のまとめ

 

私がしたことは

学校とカウンセラーの先生と状況を共有すること

ひとりで抱えないということです。

そして、誰も悪くない。

とりあえず何かのせいにしたかったら「時代のせい」にしておきましょう。

 

お母さん自身が夢をもって楽しく生きる姿を見せること

子どもとお母さんとガッツリ向き合って、いいことはありません。

気分転換が必須です。

抜け出せないことは絶対にありません。

どうせ生きるなら、思い描いた人生に近づけましょう。

大人って楽しそうだ!と思わせることが目的です。

ついでに夢もかなったら素敵。

 

「ありがとう」をちゃんと言うこと

本人が一番傷ついています。

ありがとうの言葉は魔法です。

ありがとうのシャワー攻めにできるように、優しいお願いも忘れずに。

 

でもでも。

 

一番大切だと思うのは、

 「生きていてくれること」以外にこだわらないこと

 

今日も起きてこれた!生きてる!

これだけで十分です。

多くを求めないことだということを教わりました。

 

 

 

不登校は、誰にでも起こり得る出来事です。

 

いろんなケースの不登校があると思います。

家の4人の子たちそれぞれ違った理由で不登校を経験しています。

ケース会議ができるほど(笑)

 

今、悩みの真っ最中のお母さん。

大丈夫。

絶対、終わりはやってきますから。

 

一緒に夢でも語りましょう、私と(´-`*)

 

 

そんな経験談の玉手箱を用意しています。

 

私は4人の子育て経験をフルに活かしたピクニック365カフェ(親子カフェ)と共に、Web上にこのピクニック365カフェとリンクしたコミュニティを作りました。

名付けて「ゆるりとピクニック365カフェを行くスペシャルなコミュニティ」ん~相変わらず長い(;´∀`)

略して【ゆるピク】( *´艸`)

 

こちらは、お母さんのあらゆる困った状況を解決できるような体験談や、地域の親子に優しい情報などをいつでも閲覧できる特典があります。

どんなカテゴリーがあるかというと、

*病気やケガ、緊急伝言板など*

*子育てや生活の困りごとなど*

*気づきやコミュニケーション*

*将来的に解決したいことの窓口*

*お知恵拝借・おすすめ情報*

*異業種交流”ゆるピクコラボ”はこちら*

などなど、カテゴリー別にスレッドを30以上用意しています。

まだまだ増えそうな予感。

 

ピクニック365カフェのオープンまではもう少々時間がかかりそうです。

それを待つ間、子育てって大変だけどこんなに楽しいんだってことを共有しながら、今の子育て中のお母さんのためにできることを精一杯していこうと決めています。

この決意、私だけじゃないんです。

私の気持ちに共感してくれた友達たちが、おせっかいを承知で今の子育て中のお母さんを応援します。

「子育てをシェア」

それがコンセプトです。

 

始まったばかりの【ゆるピク】なので、情報がまだ満タンではありません。

みなさんで作り上げる【ゆるピク】

これもまた「トライ&エラー」で改善していくことになると思いますが(;´∀`)

 

どんな中身になっているのか気になるあなたは画像をクリックしてください。

【ゆるピク】ってな~にってことがわかります。

【ゆるピク】ゆるりとPicnic-365-cafeを行く!スペシャルなコミュニティのすすめ

 

長々とお付き合いいただきましてありがとうございます。

 

【ゆるピク】ってな~に。

こんな私が始める【ゆるピク】

ぜひ、お立ち寄りください。

【ゆるピク】ゆるりとPicnic-365-cafeを行く!スペシャルなコミュニティのすすめ

 

 

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